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仙台高等裁判所秋田支部 昭和47年(う)13号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 荒井兵一 外五名

弁護人 加藤堯 外一名

検察官 善方正名

主文

原判決を破棄する。

被告人荒井兵一を罰金五万円に、被告人梅本彰、同東海林昇、同渡辺敏夫、同向田博安、同安倍甲を各罰金三万円にそれぞれ処する。

被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

理由

本件各控訴の趣意は仙台高等検察庁秋田支部検察官検事善方正名の提出した秋田地方検察庁検察官検事遠藤安夫作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は被告人荒井の弁護人伊勢正克、その余の被告人の弁護人加藤堯の共同作成名義にかかる答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

控訴趣意第一、について

所論は、要するに、原判決は被告人らに対する昭和二四年秋田県条例二五号道路交通等保全に関する条例(以下本条例という)五条、四条三項違反の本件各公訴事実に対し、事実関係については公訴事実どおりの事実を認定しながら、本条例四条三項について、(一)右条項が罰則の具体的な構成要件となる許可条件付与の範囲を概括的に規定するにとどまり行政機関に与えられるべき法的基準としては具体性、明確性に欠け、公安委員会に必要以上の裁量の余地を残しているから地方自治法一四条五項の委任の趣旨に反するものとして憲法三一条に違反する。(二)右条項による許可条件付与の範囲が不明確であるため、許可条件による過剰な規制により集団行動における表現の自由を不当に侵害する運用に陥入る危険性が顕著であり、結局において右条項は表現の自由に対する必要最少限度の規制とはいえないから、憲法二一条にも違反する、と判示した。しかし、原判決の右各判断はいずれも法令の解釈を誤つたもので判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よつて判断するのに、本条例が地方自治法一四条一項に基づき同法二条二項の事務に関し、同法一四条五項の罰則の委任を受けて制定されたものであることは明らかで、その内容は全国各地に行われているいわゆる公安条例と呼ばれるものとほぼ同様であり、一条に規定する「車馬或は徒歩により多数の参加する示威行進又は示威運動であつて、道路公園その他公衆の用に供する場所を行進し、又は占拠しようとするもの」(以下これらを単に集団行動と総称する。)について事前に公安委員会の許可にかからしめ、四条一項において、公安委員会に対し、集団行動が「公共の安全を危険ならしめるような事態を惹起することが明瞭である場合」のほかは許可を義務づけ、四条三項において、公安委員会の許可に付帯して「参加者が秩序を紊し又は暴力行為をなすことによつて生ずべき公衆に対する危害を予防するために必要と認める条件」を付与する権限を与え、五条において不許可集団行動の指揮者と共に公安委員会の付与した許可条件に違反した者に対し一年以下の懲役又は五万円以下の罰金刑に処する旨定めているのである。なお、本条例六条の委任に基づき秋田県公安委員会が制定した「道路交通等保全に関する条例の施行に関する規則」(以下本件施行規則という)六条は、本条例四条三項による運用基準として、公安委員会が付与しうる許可条件の範囲を具体的に列記している。

ところで、原判決はおおむね所論の如き理由により、本条例四条三項が憲法三一条および二一条に違反し無効と判断したのであるが、右各判断の共通の前提をなすものは、右条項が公安委員会に許可条件の付与を委任するにあたり、その範囲を具体的かつ明確にしていないこと、すなわち、右条項の不明確ということにほかならない。しかし、およそ法文の不明確性を理由にその適用を拒否することは、一面において立法権の侵害となることから、その判断は、当該条項の文言のみを形式的に解釈して決すべきものではなく、条項の性質および立法趣旨、目的や同一法令中の他の条項との関係等をも考慮した全体的解釈によつて決すべきものであることは他言を要しない。そこで、まず本条例四条三項の解釈に必要な限度で、右条項の性質および立法趣旨、目的をみるに、右条項が本条例五条の罰則の内容をなす具体的な構成要件の補充を公安委員会に委任するもので、したがつて四条三項のみではなんら構成要件の内容が特定されないという意味でいわゆる白地刑罰法規たること原判決の説示するとおりである。しかし、条例において公安委員会に許可条件の付与を再委任することの当否については、つとに昭和三五年七月二〇日、最高裁判所大法廷判決(刑集一四巻九号一二四三頁)が東京都条例について「本来平穏に秩序を重んじてなさるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、暴力に発展する危険性のある物理的力を内包している集団行動」について「公安条例による必要かつ最少限度の措置を講ずることはけだし止むを得ない」として、いわゆる公安条例制定の趣旨、目的を是認すると共に、集団行動の不許可という重大な規制を公安委員会の裁量に委ねることについて「それが諸般の情況を具体的に検討考量して判断すべき性質の事項であることからみて当然のことである」と判示しているところからみると、右判決は許可に伴う条件付与を再委任することについても、当然その合理性、必要性を承認していると解しえられるのであり、この理は、東京都条例と制定の趣旨を同じくする本条例(その趣旨についてはなお後述する)にも妥当するというべきである。もとより、かかる事前の規制を行政機関の裁量に委ねるについては、集団行動による表現の自由を不当に制限する運用に陥入ることのないよう配慮すべきこともちろんであるが、反面行政機関の乱用をおそれるあまり、その裁量の余地を少くしようとすれば、いきおい予想される最も過激な集団行動に対する厳しい事前規制の措置をも規定せざるを得なくなり、その結果としてそれら厳しい事前規制の無差別適用を招き、多様な集団行動に即応した必要最小限度の措置をとらしめようとする条例制定の目的にも反することになるのである。原判決は、右四条三項のうち「秩序を紊すことによつて生ずべき公衆に対する危害」という要件について、秩序を紊すということが具体的に多種多様な状態がありうるため右規定がいかなる態様、程度の制限事項を付しうるのか明らかでないから具体性、明確性に欠けると判示する。しかし、右条項における「秩序を紊す」という文言は、或る種の広がりをもち、さまざまな形態のものを包含しうるという意味で広義的ないし抽象的な概念であることは否定しえないけれども、右文言は特殊な法律用語ではなく、日常用語に近いもので、しかも一定の行為態様を指向するものであるから、その予想する行為の内容を形態面から確定することはさして困難でなく、しかも前記の本条例制定の趣旨、目的や四条一項における不許可基準等との関連において解すれば、右文言の予想する行為内容は、要するに参加者が集団となつて道路等における社会公共の秩序を乱すような言動をとることにほかならず、これと異質の事態を包含するものとは解されないから、多義的な概念ということはできず、また、右条項は、かかる文言の包含する多様な形態のうち、放置すれば公衆に対する危害が予想されるような形態に限定しようとの趣旨に出たもので、公衆に対し危害を及ぼす蓋然性の全くない単なる秩序違反行為をも含める趣旨に出たものでないことは、右条項が「秩序を紊す」行為を「暴力行為」と併列的に規定し、しかもこれらの行為に「よつて生ずべき公衆に対する危害」と規定していることに徴し明白であるから、右文言によつて予想する行為の外延ないし限界は明確であるというべく、右の程度に内容が特定され、これと異なる意味に解されるおそれがない以上、これをもつて不明確な概念ということはできないのである。そして、右四条三項が具体的条件の決定および付与の双方を公安委員会に委任するもので、その合理性、必要性のあること前記のとおりであつて、右条項に基づき具体的に条件が定められ、その具体化された条件が構成要件の内容をなすものである以上、右条項が許可条件の具体的内容を網羅的に規定したり、例示する等してあらかじめ集団行動に適用されるべき条件の内容や程度を了知しうるような体裁をとつていないからといつて、右条項が不明確となるものでないことはもちろんであるところ、右条項の「秩序を紊す」等の行為が平穏に行なわれるべき集団行動の限界を逸脱し、公共の安全に対する侵害の危険ある行為であり、集団行動の許可に際し、事前規制の必要があること当然で、したがつて右四条三項が公安委員会に委任する範囲は、公衆に対する危害を防止するため、道路等における秩序を乱し、又は暴力行為に出ることを禁止ないし制限することを内容とする事項にとどまるものと解され、以上によれば、右条項による委任事項の範囲は明確かつ相当具体的な範囲に限られており、しかも右条項により公安委員会が具体的に付与すべき条件が公共の安全に対する危険を防止するため必要かつ相当な限度にとどめられなければならないことは、前文および四条一項の規定に徴し明らかであるから、右条項がかかる条例の趣旨を超えて公安委員会の権限乱用を許容するものと解すべき根拠はないのである。ちなみに、右条項を昭和二五年東京都条例四四号により代表される他の条例における規定と対比しても、右条例における委任事項の範囲は、条例自体に列挙されているとはいえ、その内容は「交通秩序維持に関する事項」とか「夜間の静ひつ保持に関する事項」などというもので、条件付与によつて予防しようとする秩序の内容を細分化し具体的に表現した点において本条例より明確性がある反面、制限、禁止の対象たる行為の面からする限定において本条例の方に明確性が認められるのであり、彼此総合すれば、本条例の表現は東京都条例等に比してやや包括的であるとはいいえても、明確性において特段の差異があるとはいえないのである。

以上の解釈を前提として、本条項が憲法三一条に違反するか否かを検討すると、本条例が憲法に基づき地方自治法二条二項、三項所定の地方公共団体の事務に関し、同法一四条一項、五項の委任を受けて制定せられた自治立法であつて、本条例四条三項が罰則の内容たる構成要件の補充を再委任することに合理的必要性があり、しかもその範囲が明確かつ相当具体的な範囲に限定されていること前記のとおりであるから、右条項による再委任は地方自治法の趣旨に反しないものというべく、しかも右条項に関し、本件施行規則は公安委員会の付しうる条件の範囲を定め、これに基づいて具体的に条件が定められると共に、これが申請者に通知され(施行規則五条一項)、この具体化された条件により本条例五条の具体的構成要件が明確化されるものであり、本件において具体化された条件は、「ジグザグ行進、うず巻進行、逆転行進、座り込み、又はことさらなおそ足行進、かけ足行進もしくは停滞あるいはいわゆるフランス式デモなど一般公衆に対して迷惑を及ぼすような行為をしないこと」というもので、なんら不明確な点は存しないから、本条例五条、四条三項は憲法三一条の定める罪刑法定主義に反するものではない。

次に右条項が憲法二一条に違反するか否かについて検討すると、叙上のとおり本条例四条三項が公安委員会に対し、具体的な許可条件の付与を委任したことは、条例制定の趣旨にかんがみ、集団行動による表現の自由の要請と公共の秩序保持の要請とを良く調和せしめる手段として合理的な理由があるのみならず、右条項は白紙の状態で公安委員会に条件付与の権限を委任するものではなく、その範囲をあらかじめ明確に限定したものであり、かつ右範囲における公安委員会の具体的な条件付与の運用に際し、公共の安全に対する危険を防止するため必要かつ相当な限度にとどめなければならない当然の制約があることに照らしても、右条項が集団行動による表現の自由に対する必要最小限度の規制を超えるものとはいえないから、憲法二一条に反するものではない。なお、原判決は、本条例四条三項の条件は一般公衆の生命、身体、財産に対する侵害の切迫性が認められる場合に限り付与しうるという解釈を前提として、公安委員会の制定した本件施行規則六条二号が「公衆に対する著しい迷惑行為」にまで禁止または制限しうると規定するのは委任の範囲を超える不当な拡張解釈であること、また現実の許可条件の付与が秋田県公安委員会事務代行規定により県警察本部長の代決事項とされており過剰規制のおそれがあること、を挙げて本条例四条三項の違憲性を論証しようとしている。しかし、条例の運用面における違法、不当は具体的許可条件の無効を来たすことはあつても、直ちに条例そのものの効力を左右するものではないと解すべきであるのみならず、本条例の運用にはなんらの違法もないのである。すなわち、まず本条例四条三項を原判決のように限定して解釈すべき理由は存しない。右条項は、道路等における秩序を紊す等の集団行動を制限ないし禁止する条件を遵守させることによつて公衆に対する危害を予防しうる場合において、これら条件の付与を単純に公安委員会に委任したものであつて、現に公衆に対する危害が切迫している場合に限り条件付与を認めたものではない。また、本件施行規則六条二号に例示されている蛇行進等はもとより道路交通の秩序を乱す行為にほかならないから、本条例四条三項の委任する制限、禁止事項に含まれることは明らかであるところ、右の蛇行進等は一般的には直ちに公衆に対する危害を及ぼす行為といえないことは当然で、むしろ、著しい迷惑行為の段階にとどまるものであるが、なお公衆に対する危害行為に発展する可能性があるといえるから、これらの制限、禁止が許されるのである。右条項が「公衆に対する危害を予防するため」と規定していることは右の趣旨にほかならない。したがつて、本件施行規則が蛇行進等を例示したうえ、これらが公衆に対する著しい迷惑行為の段階にとどまるにおいても禁止、制限しうると解していることは、結局において本条例四条三項の委任する範囲を逸脱する解釈でないことは明らかである。また、秋田県公安委員会事務代行規程(昭和三九年六月一六日秋田県公安委員会規程第一号)は、本条例の適法な委任に基づき制定されたものであるのみならず、同規程五条によつても場所行進路または時間の変更および重要または異例もしくは疑義ある事項などのいわゆる重要案件については代決事項とされておらず、県公安委員会がみずから決することとされていることにかんがみると、右規定による取扱は、集団行動に対する不当な制約となる運用であるということはできないのである。

以上の次第で本条例四条三項を憲法三一条および二一条に違反するとした原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

控訴趣意第二、について

所論は、要するに、原判決は本条例が一般の公安条例と異なり、道路等における秩序の保持を直接の目的とする点で道路交通法七七条と同一の趣旨、目的に出たものであり、したがつて道路交通法の特別法の関係に立つものと解すべきところ、本条例五条が、許可条件違反の行為について道路交通法一一九条一項一三号の法定刑を加重する点で憲法三一条、九四条、地方自治法一四条一項に違反すると判示した。しかし、原判決の右判断は法令の解釈を誤つたもので判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よつて検討するのに、現行の道路交通法が道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ること(一条)を目的として制定され、その規制対象の中に、個人の行為のみならず、道路における集団行動をも含めており、とくに同法七七条一項四号は、公安委員会は、道路における集団行動についても警察署長の許可にかからしめることもできると規定し、同条三項は、右の場合の許可条件の付与を、一一九条一項一三号は違反行為に対する罰則を定めており、現に、右七七条一項四号の委任に関し、秋田県道路交通法施行細則(昭和三九年秋田県公安委員会規則七号)一三条三号は、集団行進を警察署長の許可事項としており、道路における集団行動については、本条例による規制と道路交通法による規制が重複して行われるところ、両者の関係について、もし本条例が上位の規範たる道路交通法と同一の法益を保護するために設けられたもので、かかる意味において道路交通法と趣旨、目的を同一にするものであるならば、右法律と異なる公安委員会の不許可違反、許可条件違反を罰則の内容としても、刑罰を加重する理由に乏しいばかりでなく、そもそも、道路交通法と異なる公安委員会による規制を設けること自体が道路交通法に違反するといわなければならないことは当然である。原判決は、本条例が前文一項において、「この条例は現行取締に関する法令において規定を欠いている示威行進、示威運動について、一般の者が道路等を通行し又は使用する自由を奪われ又は妨げられることのないよう予め秩序を保つための規律を設けんとするものである。」と条例制定の目的を明らかにし、かつ本条例に道路交通等保全に関する条例という題名が付せられていることを根拠にして、本条例が道路等における一般交通の秩序の保持を目的とするものであるとし、そのことから本条例四条一項、三項に規定する公共の安全ないし秩序の意義についても結局道路等における一般交通の安全ないし秩序という意味に限定して解することにより、本条例の趣旨、目的が道路交通法のそれと同一であると判断している。

なるほど、一般にある法令がその前文等において制定の趣旨ないし目的を明示している場合、当該法令における各条項の解釈にあたり、これを充分尊重すべきことももちろんであるが、しかし、前文に明記された制定の趣旨と各条項の文言から看取される制定の趣旨が外観上一致しない場合において、単純に前文等の表現のみを根拠として具体的条項の通常の解釈から導き出される内容にことさらな限定を加えるが如き解釈はとうてい是認し難いものであつて、かかる場合においては、当該法令制定の背景、経過をも参酌して立法趣旨を探究すると共に、法令全体の諸規定を実質的有機的に考察したところに従い、可能な限り両者を統一して解釈すべきものであることはいうまでもない。以上の観点に立つて本条例制定の趣旨、目的をみるに、本条例は昭和二四年八月二〇日の秋田県議会において可決成立し、同月二二日秋田県条例二五号をもつて公布され、即日施行されたものであるところ、その内容は、当時全国各地において占領軍の示唆に基づき、米国における条例等をも参照して制定されたいわゆる公安条例と比較しても、規制の対象を道路等における集団行動に限定し、これらの実施を公安委員会の事前の許可にかからしめると共に一定限度における不許可ないし条件付許可の裁量権を委任する点で異なるところはないから、これら公安条例との差異を強調する必然性はこれを見出し難いのみならず、そもそも、本条例制定当時の道路交通取締法二六条一項四号が道路における行為のうち、警察署長の許可を要すべき行為を定める権限を都道府県知事に委任し、二項において警察署長が前項の許可に関し、危険防止及びその他の交通の安全のために必要な措置を命じうるとなし、同法二八条二号、二九条一号において、これらの違反行為に対する罰則を定め、昭和二三年秋田県規則七号秋田県道路交通法取締規則三条六号は、右法二六条一項四号に関し、交通の妨害となり又は他の交通に危険を及ぼすような方法で道路を使用し又は通行することを規定しており、道路における集団行動も右規定による規制の対象となることは明らかであるから、本条例制定当時においても道路交通取締の見地からする規制は充分可能であつたのである。したがつて、右の如き背景のもとに制定された本条例の制定目的には単なる道路交通の取締以上のものがあつたことは明らかである。さらに進んで条例の諸規定についてみても、四条一項、三項を通常の意味に解すれば、これらがいずれも単なる道路交通上の危険防止を目的とするものではなく、これを超えた公衆一般に対する危険の防止を目的とするものであることは明らかでありさらに本条例一条は、道路等における集団示威行進又は示威運動を規制対象とし、一般の公安条例(たとえば東京都条例)が集会ないし示威を伴わない集団行進にまでその対象範囲を広げているのに比して、より限定されているといい得るところ、示威を伴う集団行動は第三者に対する働らきかけを必然的に伴うところから、単なる交通秩序の侵害を超える場合が少なくないことは見易い理であるから、本条例が規制の対象をかかる示威行動に限定しつつ、これらに対する規制措置を講ずると共に、違反行為に対する制裁として当時の道路交通法等より重い刑罰を予定していることの趣旨もかかる示威行動のもつ危険性から公共の秩序を保持しようとの観点に立つことによつてのみ理解しうるのであり、したがつて本条例が単なる警察署長の事前規制に委ねることなく、その上位機関たる公安委員会の規制に委ね、しかも四条二項が不許可の場合に詳細な説明書と理由を付してその旨を県議会に報告すべきことを義務づけていることも、右と同様の観点に立つてのみ理解しうべく、原判決の言うように道路交通法等の規定を補充しつつ、とくに手続を慎重にしたに過ぎないものではない。以上説示した本条例制定の背景および経過ならびに本条例本文の諸規定を総合すれば、本条例はその前文一項の表現にも拘らず単なる道路交通の秩序保持の目的に出たものではなく、これを超えた当該地域における社会公共の秩序保持の目的に出たもので、本条例四条一項ないし三項の規制措置もかかる観点に立つものというべく、したがつて本条例違反の罪と道路交通法違反の罪は保護法益を異にし、前者は後者より広範囲の公共危険罪たる性質を持つものと言えるのである。

もつとも、かく解する場合、原判決の指摘する本条例前文一項との関連が問題となるが、本条例制定当時の道路交通取締法等においても前記のとおり集団行動の規制が可能であつたことからすれば、右前文一項が「現行道路取締に関する法令において規定を欠いている」集団行動と表現する趣旨は文字通りに解すべきでなく、集団行動の特殊性に着眼した取締の規定を欠いているという趣旨の表現と解されるし、また右前文及び題名において強調される交通秩序の維持ということも、それが社会公共の秩序の一部であり、公共の秩序保持の観点からする規制によつて、結果的に交通秩序が維持されることも少くないから、原判決と異なる解釈の余地を残すものであつて、結局、右前文の表現および本条例の題名には立法技術上いくらかの欠陥の存することは否定できないとしても、これらは本条例の趣旨、目的を右のように解することの妨げとなるものとはいえないのである。ところで、このように、集団行動という一個の規制対象につき、法律および条例がそれぞれ別個の観点から規制することは、法律が特に条例による規制を禁止し、あるいは条例による規制が法律の趣旨に反しない限り許されるのであつて、現行道路交通法が、かかる条例の規制を禁止していないことはもちろん、本条例の規制が地方自治法二条二項、三項一号所定の「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康および福祉を保持すること」という地方公共団体の公共事務に関するもので道路交通法の関知するところではないから、その趣旨には反しないものというべく、それゆえ、本条例五条は憲法九四条、地方自治法一四条一項に違反せず、したがつて憲法三一条に違反するものでもない。これと異なる原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

以上の次第で検察官の控訴はいずれも理由があるので刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決の全部を破棄するが、ここで同法四〇〇条但書により直ちに被告事件につき判決しうるか否かにつき検討するのに、原判決は本件公訴事実の存在を証拠により確定しているところ、本件においては、原判決の法律判断を誤とすることによつて右事実の犯罪構成要件該当性を肯定しうるのみならず、原審確定の事実になんらあらたな事実を付加することなく弁護人の主張する違法性阻却事由の不存在を判断しうるのであり、かかる場合控訴審においてあらたな事実の取調を要しないことは、最高裁判所第二小法廷昭和三五年一一月一八日判決(刑事判例集一四巻一三号一七一三頁)の趣旨とするところと解されるので、訴訟記録および原審において取り調べた証拠により直ちに次のように判決する。

(罪となるべき事実)

一、被告人荒井は、昭和四四年一一月一六日、秋田べ平連主催のもとに、秋田市千秋公園から、同市大町一丁目、同町四丁目の各交差点、通称中央通りおよび国鉄秋田駅前等を経て同公園に向けて行なわれた集団示威行進に参加したものであるが、右集団示威行進には、秋田県公安委員会からジグザグ行進を行なわないことなどの許可条件が付せられていたにもかかわらず、ほか約六〇名と共謀のうえ、同日(一)午後三時一七分頃、同市中通一丁目四番八号付近車道上、(二)午後三時二〇分頃、同市中通一丁目三番一号付近車道上、(三)午後三時二六分頃、同市千秋矢留町一番一号交差点付近から同市大町一丁目二番一九号付近に至る車道上、(四)午後三時三四分頃、同市大町二丁目二番一二号付近車道上、(五)午後三時三五分頃、同市大町二丁目二番一号交差点付近から同市大町三丁目二番四一号付近に至る車道上、(六)午後三時三八分頃、同市大町四丁目二番四二号付近から同二番三四号付近に至る車道上、(七)午後三時五七分頃、同市中通二丁目五番二〇号付近車道上、(八)午後三時五九分頃、同市中通二丁目六番二八号から同一一番一六号に至る車道上、(九)午後四時一分頃、同市中通二丁目一一番九号付近から同七番六号付近に至る車道上

において、それぞれジグザグ行進を行ない、

二、被告人荒井は、昭和四五年六月一三日、秋田大学学生会主催のもとに、秋田大学から白銀ビル前交差点、木内デパート前、中通郵便局前、羽後銀行本店前、通称三丁目橋、秋田銀行本部別館前交差点、山王交差点を経て八橋運動公園に向けて行なわれた集団示威行進に参加したものであるが、右集団示威行進には、前記公安委員会からジグザグ行進など一般公衆に対して迷惑をおよぼすような行為をしないことなどの許可条件が付されていたにもかかわらず、ほか約四五名と共謀のうえ、同日午後二時三分頃から同六分頃までの間、秋田市中通一丁目三番三九号中通郵便局前交差点から同市中通三丁目一番四一号付近の通称三丁目橋に至るまでの車道上において、ジグザグ行進を行ない、

三、被告人らは、いずれも同月一八日、秋田大学全学闘争会議主催のもとに、秋田大学から白銀ビル前交差点、木内デパート前、中通郵便局前、羽後銀行本店前、通称三丁目橋を経て同大学に向けて行なわれた集団示威行進に参加したものであるが、右集団行進には、前記公安委員会からジグザグ行進、フランス式デモなど一般公衆に対して迷惑をおよぼすような行為をしないことなどの許可条件が付せられていたにもかかわらず、ほか約二〇〇名と共謀のうえ、同日(一)午後三時五分頃から同七分頃までの間、同市中通二丁目四番二三号白銀ビル前交差点およびその付近の車道上においてジグザグ行進を、(二)午後三時七分頃から同一〇分頃までの間、同市中通二丁目三番六号旧秋田地方検察庁付近から同市中通一丁目四番八号セントラルデパート付近に至る車道上において、フランス式デモを、(三)午後三時一〇分頃から同一四分頃までの間、前記セントラルデパート付近から同市中通一丁目三番一号木内デパート付近に至る車道上において、ジグザグ行進を、(四)午後三時一七分頃から同一九分頃までの間、同市中通一丁目三番三九号中通郵便局前交差点付近から同市中通三丁目一番八号吹浦帽子店付近に至る車道上において、ジグザグ行進を、(五)午後三時二〇分頃から同二一分頃までの間、同市中通三丁目一番四一号羽後銀行本店前交差点およびその付近の車道上において、ジグザグ行進を、それぞれ行ない、

もつて、前記各許可条件に違反したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人荒井の判示一、二、および被告人らの判示三、の各所為はいずれも刑法六〇条、昭和二四年秋田県条例二五号道路交通等保全に関する条例五条、四条三項に該当する(判示一、三の各所為はそれぞれ包括して)ところ、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、被告人荒井につき以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において同被告人を罰金五万円に処し、その余の被告人については所定罰金額の範囲内でいずれも罰金三万円に処し、同法一八条により被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、原審ならびに当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項但書を適用して、被告人らにはいずれもこれを負担させないこととする。なお弁護人らは判示各事実がいずれも可罰的違法性を欠く旨主張するが、右の主張は、本件各構成要件の内容たる許可条件を縮少解釈したうえ、各判示事実の構成要件該当性を否定しようとするものであるから、同法三三五条の二項の主張にはあたらないし、被告人荒井の弁護人は判示一、の所為につきかりに構成要件該当性が認められるとしても違法性がない旨主張するけれども、原審認定の事実によれば右所為がいかなる目的に出たものであれ、手段、方法において相当性の限界を越えることが明らかであるから、右の主張は採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太中茂 裁判官 小泉祐康 裁判官 上田誠治)

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